まつうらららんど

留学、海外、英語、国際協力、時事問題などなど。読んでいて面白いブログをめざします*当ブログは完全な個人の見解です

杉田水脈議員のLGBTに対する「生産性」発言を紐解く

まさに今現在、ニュースをにぎわしている話題がある

自民党の杉田水脈衆議院議員のLGBTに対する発言だ。

冒頭で「今現在」と述べたが、今現在で済ませていい話題だろうか?昨今性的マイノリティーに対する議論が徐々に増えている状況で一過性のものにしてはいけないのではないかと思う。

ただでさえ、タイ、フィリピンと比較していわゆるカミングアウトに対して抵抗が強い日本なのでこれを機に軽率な発言をした議員はもちろん国民全員が個々の認識を持つべきだと思う。

 

またSNSや、野党、マスコミを中心とした議論では「LGBTは生産性がない」といったところだけを取り上げて安倍総理含む与党自民党の評価を下げようとしているプロパガンダなのではないかと思い全文を読むことにした。

 

 

全文

Skeltia_vergber on the Web : 杉田水脈著『「LGBT」支援の度が過ぎる』を全文書き起こす(転載歓迎) 

それに関するTweet 

https://twitter.com/matsuticebay/status/1024175964316557312

 このマスコミが話題にしている論点

LGBTの当事者たちの方から聞いた話によれば、生きづらさという観点でいえば、社会的な差別云々よりも、自分たちの親が理解してくれないことのほうがつらいと言います。親は自分たちの子供が、自分たちと同じように結婚して、やがて子供をもうけてくれると信じています。だから、子供が同性愛者だと分かると、すごいショックを受ける。
 これは制度を変えることで、どうにかなるものではありません。LGBTの両親が、彼ら彼女らの性的指向を受け入れてくれるかどうかこそが、生きづらさに関わっています。そこさえクリアできれば、LGBTの方々にとって、日本はかなり生きやすい社会ではないでしょうか。
 リベラルなメディアは「生きづらさ」を社会制度のせいにして、その解消をうたいますが、そもそも世の中は生きづらく、理不尽なものです。それを自分の力で乗り越える力をつけさせることが教育の目的のはず。「生きづらさ」を行政が解決してあげることが悪いとは言いません。しかし、行政が動くということは税金を使うということです。
 例えば、子育て支援や子供ができなカップルへの不妊治療に税金を使うというのであれば、少子化対策のためにお金を使うという大義名分があります。しかし、LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり「生産性」がないのです。そこに税金を投入することが果たしていいのかどうか。にもかかわらず、行政がLGBTに関する条例や要項を発表するたびにもてはやすマスコミがいるから、政治家が人気とり政策になると勘違いしてしまうのです。  杉田水脈著『「LGBT」支援の度が過ぎる』57-60.『新潮45』2018年8月号。

上の黒字の部分が炎上、批判されている部分です。

マスコミ含む周囲の批判や意見と自分の意見

生産性について

 

マスコミは「LGBTの人を生産性がないと言っている。そんな人道的でない人を国民を代表する国会議員にしていいのか?!よくない!」(筆者が簡潔にまとめました)
これはその通りであると思う。人を生産性という点で判断するなんてよくない。人は人それぞれであるべきだ。(杉田議員も一人しか産んでないし生産性ないなんていう批判ももちろんしてはいけない)

確かに同性愛者やトランスジェンダーの方は生物学的に生殖をするというのは限りなくゼロに近いだろう。その意味で生産性といいたいのはわからなくもないが、少なくとも言葉をえらぶべきであったし、わざわざそのことについて書く必要はなかった。

杉田氏の寄稿の題は「LGBT支援の度が過ぎる」という題で、日本のメディアが中心として呼びかけて欧米に従えと連呼しているのは過度なのではないか。というのが序盤の内容です。発言の仕方に問題はありますが、保守的な自民党員がリベラルなマスメディアを嫌っていることが明確に受けて取れます。

 

税金の投与について

杉田氏は「生産性」を踏まえて、女性の不妊治療にお金を使うべきで、LGBT支援にたいして税金を投与すべきではないといっています。まず、仮にLGBT支援にするとしたらどのような支援をするのか?それが国民が納得するかしないかを決めるのではないのか。案すら出さずに国民の賛同が得られないなどと一方的に決めつけるは非常によくない。

また、行政はLGBTの人たちにとって生きづらい世の中という問題は解決できず、教育によって解決されるべきだと述べていますが、そうであれば教育改革を行おうとする方向性に持っていけばよかったのではと思います。

LGBTについて

LGBとTは性嗜好と性同一性障害で全く別物で性的嗜好であるLGBは不幸になるとすら述べています。

不幸という決めつけこれは本当によくない、幸か不幸かは自分自身が決めるものです。

 

多様性について

 杉田氏は制服問題、トイレ問題、結婚問題を上げていますがその問題が起きたら社会や周りの環境が方向性を決めていくのはないでしょうか。「普通」「常識」とはなにか?自分が当たり前だと思っていることが常識だとすればそれは大変井の中の蛙ということになります。

あと、海外で起きていることを「冗談のようなこと」というバカにしているようにとらえられる発言は控えたほうがよかったかもしれません。(心の中で思う分には個人の自由かとおもいますが)

 

これを機にいろいろな社会問題に対して世間全体が議論するような世の中になるとよいなというのが筆者の感想です。