まつうらららんど

留学、海外、英語、国際協力、時事問題などなど。読んでいて面白いブログをめざします*当ブログは完全な個人の見解です

自分を探しに海外に行く?行く必要はない?? 意識高い系必見

今日は「意識高い系」界隈でよく話されているであろう。

自分探しをしに海外に行く

という言葉に触れたいと思います。このブログを読んでくださっている人はわかるとおもいますが、このブログはかなり独善的かつ挑発的な書き方になっていることもあると思うので、それが嫌な方は読まないほうがいいでしょう。

 

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この記事を書こうと思ったきっかけは少し前にクラウドファンディングを使ってフィリピンのスラム街行こうとした近畿大学の2回生が炎上したからです。

france-chebunbun.com

炎上の結果クラウドファンディングは取り下げられてしまったので元のページを見ることはできませんが、この記事にプロジェクトが詳しく書いてあります。

 

そして文章やそこに掲載されていた写真から推測するに彼らはいわゆる意識高い系のウェイに属するのではないかと思います。まあ意識高い系じゃない人から見たら何をイキってるんだと思うかもしれません。

なぜ炎上したのかを個人的に分析しました。(今後クラウドファンディングをする方は参考にしてみてください)

1、礼儀にかけている

2、フィリピンへの下調べが足りない

3、話に整合性がない

という3点ですね。先に挙げた記事で確認してみてください。

 

さて、本題に入りますが、確固な目的を持たずに海外に渡航しても別に自分は見つからないよというのを言いたいです。海外に行ったらカルチャーショックを受けるかもしれませんが、そこで自分に変化が生まれる保証なんてないわけなのです。もっと言えば、日本で本を読むなり、勉強したり、講演会で話を聞いていたら自分のやりたいことが見つかるでしょう。自分探しを目的として行動するのではなく、自分の興味のある分野、好奇心を刺激すること(ないという人があるかもしれませんが、一つくらいはあるでしょう。わからなければ友達に自分の特徴を聞いてみるのもいいかもしれません。)にそって何らかの行動をするべきです。例えばカレーが好きだからインド行くとか。三国志が好きだから中国回ってみるとか。自分探しなんて飾った言葉じゃなくて、普通に旅をすればいいじゃんというのが自分の意見です。

自分探しという極めてあいまいな理由で海外に行っても、「いやー途上国は物価が安いけど、インフラはあんま整ってないし、やっぱ日本すげーなー、途上国の人がこういう生活できるようにカンボジアに学校作ろう」となる人が多いのではないかと思います。

バカンス以外で海外に行くときはその国に対しての勉強を少しだけでもするべきです。そうすることでその国への誤解も減るのではないのかなあと思います。

本日はここまで。

 

第2の故郷がフィリピンの僕(トンドというスラムといわれている地区にも行きました)からフィリピンスラムのクラファンにアドバイスを送るとすれば、

1スラムは見世物じゃない

2君らが想像するようなスモーキーマウンテンはない

3夢がないけど、夢を与えたいといってるのはどういうこと?

4スラムの人に日本語を教えるのは押し付けじゃないの?スラムの子らは日本語に興味あるの?

5英語が話せるのは当たり前としてタガログ語話せるの?スラムの人って多くの人が現地語しか話さないよ。

6今回は炎上してしまったが、本当に行きたいならしっかり準備をしてまたクラファンするなりバイトしてお金集めるなりで絶対に行くべき。逆に今回の件でこりていかないのならそれはフィリピンを馬鹿にしてるじゃないの?って思ってしまう。

個人的にはこの炎上をうまく利用して25万円集めきるっていう展開も見たかったというのも本音ですが、、

 

以上です。